No.09(2006.12)
深在性真菌症の診断と治療
帝京大学溝口病院
第4内科
教授 吉田 稔
Minoru Yoshida, M.D., Ph.D.
深在性真菌症は血液悪性腫瘍や造血幹細胞移植に合併する重篤な感染症です。従来は診断、治療ともに難しく、予後は極めて不良でした。しかし近年は血清診断が進歩し、さらに新規抗真菌薬が登場したためにかなり様相が変わってきています。
1. 深在性真菌症の診断
血液疾患に合併する深在性真菌症の起因菌はカンジダとアスペルギルスが大半です。本症を確定診断するためには真菌血症では血液培養陽性が、播種性真菌症では感染部位の培養ないし組織検査での真菌の証明が必要です。しかし一般に血液疾患患者では合併する血小板減少や、重篤な全身状態から肝臓や肺の組織生検が行えないため、真菌血症以外の確定診断例(Proven fungal infection)は少ないのが現状です。
臨床診断例(Clinically documented fungal infection)とは組織検査は施行出来ないが、種々のリスクファクターと真菌症を疑う臨床症状や検査所見があり、典型的な画像所見と血清ないし遺伝子診断が陽性の症例の事をいいます。これは欧米ではProbable fungal infectionと呼ばれます。我が国で最も利用されている血清診断はβ-グルカンで1)、カンジダやアスペルギルスを始め、種々の真菌症で陽性となります2)。従来は我が国でのみ使用されていましたが、近年は欧米でも注目されています。アスペルギルスガラクトマンナン抗原測定は欧米で特に評価が高い検査法ですが、血液領域では従来のカットオフ値1.5では感度が悪く、0.5~0.7程度を採用する事が推奨されています。遺伝子診断は我が国ではリアルタイムPCR法を用いたGeniQがありますが、保険収載されていないために臨床検査としては普及していません。
上記の条件が揃わない場合は深在性真菌症としてのエビデンスは不十分なため、真菌症疑い例(Possible fungal infection)となります。ただしCT所見が典型的な場合は本症の可能性が高くなります。一方血清診断や遺伝子診断のみ陽性の場合には検査の偽陽性の検討が必要です。これらがいずれも陰性の抗菌薬不応性発熱では、耐性菌による細菌感染症やウイルス感染症の他に腫瘍熱なども考えなければなりません。
2. 深在性真菌症の治療
治療は確定診断例と臨床診断例では標的治療を、疑い例と抗菌薬不応性発熱に対しては経験的治療を行います。
1) 標的治療
カンジダ敗血症の起因菌はCandida albicansが最も多く、次いでC. tropicalis、C. glabrataなどがあります。従来の標準治療薬はアムホテリシンB(AMPH)で、比較的状態が安定している場合にはフルコナゾール(FLCZ)も有効です。近年発売されたミカファンギン(MCFG)、ボリコナゾール(VRCZ)、リポソームAMPH(L-AMPH)、イトラコナゾール注射剤(ITCZ-IV)も効果があります。C. parapsilosisはカテーテル感染症の原因菌として有名です。慢性播種性カンジダ症(肝脾膿瘍)の治療には特に長期間の抗真菌薬投与が必要で、通常はAMPHを点滴静注し、改善傾向を認めたらFLCZに変更します。
侵襲性肺アスペルギルス症の起因菌ではAspergillus fumigatusが最も多く、次いでA. flavus、A. nigerなどがあります。従来の標準治療薬はAMPHで、1.0-1.5mg/kg/日の高用量が必要でした。MCFGも有用でより安全ですが、抗アスペルギルス薬として現在最も評価が高い薬剤はVRCZです。侵襲性アスペルギルス症での本剤とAMPHの比較試験では12週後の有効率が53%対32%で、生存率も71%対58%と有意差が得られました。副作用はAMPHと比較して少ないのですが、一過性の視力障害と肝機能異常が出現します。前述のL-AMPHやITCZ-IVも有効です。VRCZ単独で効果が不十分な場合はMCFGとの併用療法を行ないます。
その他の真菌症ではトリコスポロン症が時に経験されます。病型は敗血症が多く臨床症状はカンジダ敗血症に類似していますが、予後はより不良です。本症にはMCFGは効果が無くFLCZやAMPHで治療します。この他にはクリプトコッカス、ムーコル、フサリウムなどが起因菌となります。
2) 経験的治療
真菌症疑い例では経験的治療を行います。従来はカンジダ症の疑いにはAMPHまたはFLCZが、アスペルギルス症の疑いにはAMPHが推奨されてきました。現在はMCFGがいずれにも有効で安全性も高いため汎用されています。この領域では新規抗真菌薬を用いた比較試験が欧米で実施されました。L-AMPHとITCZ-IVは従来の標準治療薬であるAMPHと比較して同等の有効率と副作用の軽減が確認されました。両剤とも2006年に我が国で発売され、経験的治療の適応症が認められています。VRCZとキャンデイン系薬剤のカスポファンギンはL-AMPHを対照薬として比較試験が行なわれました。VRCZは統計学的な同等性が確認出来ませんでしたが、投与中のbreakthrough fungal infectionは有意に少ない結果でした。カスポファンギンはL-AMPHと同等の有効率と副作用の軽減が確認されました。MCFGについてのエビデンスは得られていませんが、カスポファンギンとほぼ同等と考えてよいでしょう。以上よりこれらの薬剤はいずれも従来のAMPHと同等の有効性を有し、副作用の軽減が期待できます。
以上のように深在性真菌症の診断と治療はここ数年で大きな進歩が見られており、治療成績の向上が期待されています。
文献
- Yoshida M. Usefulness of determination of β-D-glucan in the diagnosis of deep mycosis - Experience in Japan. Med Mycol 44 (Sup 1): S185-S189, 2006
- Yoshida M, Obayashi T, Iwama A, et al. Detection of plasma (1→3)-β-D-glucan in patients with Fusarium, Trichosporon, Saccharomyces, and Acremonium fungemias. J Med Veter Mycol 35:371-74, 1997
- Yoshida M, Ohno R. Current Antimicrobial Usage for the Management of Infections in Leukemic Patients in Japan: Results of a Survey. Clin Infect Dis 39 (Sup 1): S11-S14, 2004
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