No.14(2008.12)
透析液清浄化の歴史と今後の課題
医療法人社団 誠仁会
みはま病院 ME部 上席部長
臨床工学技士 内野順司
Junji Uchino
1.透析液清浄化とモニタリングの歴史
微生物に汚染された医療材料を使用すると治療中に発熱を起こすことはこの業界でよく知られている。特に細菌繁殖の危険性が高い重炭酸Naタンクが別途必要な透析液が普及した1980年代には、透析装置の消毒方法の重要性が再認識された。1985年、β2-microgloblin(β2-MG)の発見により、高機能膜ダイアライザが臨床使用されるようになったが、従来までの小孔径膜ダイアライザではほとんど問題にされなかった透析液中に含まれるEndotoxin(ET) fragmentが、透析膜を介し血液中に侵入し、微細な炎症反応など種々の作用を惹起する可能性がHendersonらにより報告された1)。このような理由で本邦の透析施設ではET活性値を指標(当初はET重量濃度)として透析液を作製する水(透析用水)や作製する装置の消毒法などの工夫を行い、いわゆる清浄化を行ってきた。その後2002年に本邦の一部の研究者より、清浄化のモニタリングに水棲菌検出能力がより高い低栄養培地を用いた生菌数測定を取り入れるべきとの意見が提唱された2), 3)。時期を同じくして国際標準化機構 (International Organization for Standardization:ISO)より、清浄化の指標に生菌数や、より詳細な水質管理を行う管理基準案(ISO CD 23500)4)が提案され現在審議中5), 6)である。
2.透析液水質基準の変遷
本邦の透析液の水質基準については、1995年に(社)日本透析医学会(JSDT)から生物学的汚染度の指標として主にET活性値が提示され、その後、改訂が行われてきた。一方、欧米では従来から生菌数に重点を置いた水質基準が示されてきたため両者の整合性に乖離が生じている。またISO SC2/WG5でISO CD 23500と関連基準が審議中であり、その中でも水質基準の指標としてET活性値よりむしろ生菌数を重視した厳しい基準案が提出されている(図1)。
これらを勘案しJSDTでは2008年にISO案を踏まえた基準を新たに委員会報告7)として提示した。一方、臨床現場で直接、透析装置の保守管理を行っている臨床工学技士の団体である(社)日本臨床工学技士会(日臨工)からは、ISOでの審議内容を勘案しつつ、現状、臨床で実現可能な水質基準を提言し、清浄化の普及を目指す透析液清浄化ガイドラインVer1.05を公開8), 9) している(図2)。
現在の水質基準は国、団体より多くの提案・提言がなされ過渡期にあると言わざるを得ない。欧米各国が提案・提言している水質基準10)を示す(表1)。これらの基準値の中には透析治療の安全性を完全に担保できるようなエビデンスが無いものもあり、透析治療に従事している者にとっては遵守すべき水質基準の選択に困惑している現状も否定できない。しかし水質基準はその時代において、できる限り安全性とコストのバランスを勘案し決定されるべきであると思われる。
3.ISOに対する本邦の対応
ISO基準はそもそも工業規格であるため、本邦の対応の窓口は日本医療器材工業会(医器工)である。しかしその内容が透析業界に重大な負荷がかかる可能性があるため、関連する学会や団体に意見を求めた。これを契機にJSDT、日臨工より委員が集まり、JSDT学術委員会内にISO対策委員会が組織され、種々の情報を集約し2006年より対応を行っている。その委員会のなかで、日臨工の企画として地域を限定した(93施設を対象に4回/年、清浄化の実態調査)透析液清浄化研究を実施した。結果、ISO提案の管理基準 Ultrapure Dialysis FluidのET活性値、測定感度以下(本邦では0.001EU/mL)と生菌数0.1CFU/mLは、エンドトキシン捕捉フィルター(ETRF)後にそれぞれ95.2%、93.3%の施設で達成されていた。しかしETRFの使用法、管理方法等が施設間で大幅に異なり、阻止性能の評価、管理方法等のバリデーションを早急に確立することが必要であることが判明し対策を検討中である。
4.本邦と欧米の相違
本邦でも当初のET検出法は定性法(ゲル化転倒法)が汎用されていた。しかしより高感度の測定を実現するため、1987年に比色法と比濁法による定量法でのET濃度が測定可能な装置が市販された。筆者の施設でも1987年にET測定装置を購入し、透析液清浄化のモニターを実行してきた(図3)。
しかし欧米のET活性値測定は、現在でも定性法が主であると言われている。よって本邦と欧米ではET活性値の測定感度に差が存在するため、同じ測定感度以下であっても清浄度が異なっている可能性が否定できない。欧米において、本邦のET活性値測定関連メーカの奮起を希望したい。
また図1、2にも示したように、本邦の透析システムは多人数透析システムが主であるが、欧米は個人用透析システムが用いられている。ISO基準と各国の水質基準は、全て個人用透析システムをベースとして勘案されている。そのためISO案に多人数透析システムの概念と管理方法を盛り込ませる作業を現在ISO対策委員会が行っている。更に欧米は単一メーカが全ての透析システムや消耗品をカバーする方式であり、本邦のように複数のメーカのシステムと消耗品を混在して用いる方式と大きく食い違っている。
5.今後の清浄化対策
現在ISO会議ではDraft for International Standerd: DISへの移行期に入っており、最終案は2009年、京都での会議で成立を目指している。したがってそれまでに臨床現場に、基本に忠実で安全な清浄化方法を提示し広く普及させる必要がある。よって日臨工で2008年10月に開催する透析液安全管理責任者セミナー11)などを積極的に受講し、清浄化の基礎と実際を学び安全な透析医療を提供する努力が重要である。
文献
- Henderson LW., Koch KM., Dinarello CA., et al:Hemodialysis hypotension:The interleukin hypothesis, Blood purification 1: 3-8, 1983
- 芝本 隆、ほか:透析液清浄化の現状と問題点.防菌防黴:VOL.30. NO,1 13-20, 2002
- 尾家重治:透析液の汚染源としての微生物.防菌防黴:VOL.30. NO,7 427-429, 2002
- ISO/CD 23500, Fluids for haemodialysis and related therapies, 2005
- 内野順司、川崎忠行:透析液に関するISO会議報告書 ISOTC 150/SC2/WG5.日本臨床工学技士会会誌No.29(特別号): 72-75, 2007
- 内野順司、楢村友隆:透析液清浄化に関する国際標準化会議(ISO TC 150/SC2/WG5)への参加報告.日本臨床工学技士会会誌No.32(特別号): 87-90, 2007
- 秋葉 隆、川西秀樹、峰島三千男ほか:透析液水質基準と血液浄化器性能評価基準 2008.透析会誌41(3): 159-167, 2008
- 内野順司、川﨑忠行:日本臨床工学技士会透析液清浄化ガイドライン.臨牀透析23(5): 33-40, 2007
- http://www.jacet.or.jp/10topics/guideline_ver105.pdf
- 酒井良忠:透析液清浄化基準(2)海外の最近の動向.臨牀透析 23(5): 15-22, 2007
- (社)日本臨床工学技士会
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